アデル、ブルーは熱い色 (2013)
愛はそんな風に始まり、終わった
by 10days1movie · 公開 2026-06-19
| 区分 | 映画 |
|---|---|
| 監督 | アブデラティフ・ケシシュ |
| 出演 | アデル・エグザルコプロス, レア・セドゥ, サリム・ケシウシュ |
| 公開 | 2013 |
| ジャンル | ロマンス, ドラマ |
| 上映時間 | 179分 |
愛が始まる時の高揚感、そしてそれが壊れる時の廃墟のような感覚を、この映画ほど生々しく捉えた作品を最近見た記憶がない。『アデル、ブルーは熱い色』は179分の間、ある少女の初恋と別れをほぼリアルタイムで追体験させる。演出は不快なほど近づいてきて、俳優たちはその近さに耐える。評価は★4.5。見ている間はつらいが、見終わると長く残る映画だ。
どんな映画か — パルムドールを受けた初恋
女子高生のアデル(アデル・エグザルコプロス)はある日、青い髪の美大生エマ(レア・セドゥ)を見て強く引かれる。二人は出会い、愛し、共に暮らすが、時間が経つにつれて互いの世界がどんどん離れていく。原作はフランスのグラフィックノベル「蒼いの色は一番温かい」であり、2013年カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した。パルムドールが監督一人にではなく、監督と二人の主演俳優全員に授与された稀なケースだ。

演出 — 不快なほど近いクローズアップ
ケシシュ監督はクローズアップを極端に活用する。カメラはアデルの顔、涙、食事のシーンまで執拗に追い続ける。この方法は最初は不快だが、徐々にアデルの感情状態の中へと引き込まれる効果を生み出す。ハンドヘルド撮影が多く揺れて荒いが、その質感がむしろ愛の混乱したエネルギーと上手く合っている。広い画面より二人の俳優の顔が映画の主な舞台だ。
179分は確かに長い。しかしケシシュはこの長さが必要だと判断し、段階ごとを省かずに通過する方法が結末の感情を完成させる。最後のシーンでアデルが一人歩き去る姿は、179分の時間がなければ到達できなかった感情の高みだ。
演技 — 剥き出しのままの感情表現
アデル・エグザルコプロスは当時18歳だった。その年齢でこれほどの深みの感情演技を見せたことが驚異的だ。アデルのすべてのシーンがほぼ生々しい。喜び、嫉妬、羞恥、絶望を過度に整理せずにそのまま見せる。レア・セドゥは芸術家的な自意識を持つエマを自然で魅力的に体現し、二人の俳優が生み出す化学反応が映画全体を支えている。二人が食卓でかわす会話のシーン、沈黙が流れるシーンが強く記憶に残る。

映画が語るもの — 愛であり成長でもある物語
映画はセクシュアリティより愛そのもの、そして階級と知的な差異が関係に与える亀裂により集中する。アデルは小学校の教師として生きていきたくて、エマは芸術の世界へと向かう。二人の間の距離は愛が冷めるにつれてより鮮明になる。この映画が愛の物語であると同時に成長の物語である理由は、アデルが愛を通じて自分が何者であるかを発見し、その後を生きていかなければならないことを示しているからだ。
評価とレビュー
カンヌ・パルムドール受賞のほか、IMDb評価7.6、ロッテントマトの新鮮度88%と批評界からの好評が続いている。アデル・エグザルコプロスはセザール賞主演女優賞を受賞した。ただし映画撮影の過程で二人の俳優と監督の間の葛藤が公になっており、これは映画の評価とは別に議論される部分だ。

残念な点
179分は一部の観客には多すぎるかもしれない。特に中盤の一部シーンはもう少し編集されてもよかったと思われる。親密なシーンの分量と描写方法が論争を呼んだことがあり、監督と俳優たちの関係についての公開発言が映画の外の不快な文脈を作り出した。この点は映画を見る前に知っておく方が良い。
総評
不快で、長く、近づいてくる。しかしその不快さがこの映画の核心だ。愛が来て去る過程をこれほど近くで見つめた映画はそう多くない。二人の俳優が作り上げた感情の真実は、以後も長く基準となるだろう。★4.5。
こんな方におすすめ
- 愛の始まりと終わりを生々しく描いた映画を求める方
- カンヌ・パルムドール受賞作に関心がある方
- 長い上映時間を覚悟して深みのあるロマンスを求める方
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